こうべ を た れる いなほ かな。 実るほど首を垂れる稲穂かな

「実るほど頭を垂れる稲穂かな」とは?意味や使い方をご紹介

こうべ を た れる いなほ かな

謙虚になれ! と主張する人 ちょっと前のことで、正確なことは忘れてしまったんですが、テレビかラジオで、ある人が 「謙虚であると言うことはとても大切なことだ」 という事を力説しておりました。 私自身は、この主張に異を唱えるつもりは毛頭ありません。 ただ、この人が、 「『実るほど、頭を垂れる稲穂かな』という言葉がある。 立派な人、出来た人ほど、謙虚であるものなのだ。 だから、人は皆、勤めて謙虚に生きるべきである。 しかし、最近の若者を見ていると、この謙虚さが足りない 人がかなり目に付いてきており……」 といった事を主張し始めたとき、何とも言えない違和感を覚えたんですよね。 その違和感が何か、しばらくはっきりしなかったのですが、この人が持ち出した、 「実るほど、頭を垂れる稲穂かな」 という言葉の意味を考えたとき、違和感を覚えた理由が見えてきたんです。 その理由とは…… 「実るほど頭を垂れる稲穂かな」の真の意味 私の身近な人たちのうち、それなりの成功をしている人たちはほとんど皆さん、謙虚な方ばかりです。 しかし、若いうちから謙虚であったか、というと、決してそんなことはなかったようです。 謙虚の反対は傲慢ですが、ほとんどの人は、その傲慢な生き方をしていたようです。 しかし、その傲慢さによって、手痛い失敗や、ひどい経験をしてしまうんですよね。 で、その経験から色々と学んでいくうちに、だんだん望む結果を手に入れられるようになってきて、現在の成功を掴んでいるのです。 逆に、若いうちから謙虚な人で、それなりの成功を納めている人は、意外と少ないように思うんです。 もちろん、ずっと謙虚な生き方をして成功している人も、いるにはいるんですが、数としては非常に少なく、個人的には、よほど元から人間が出来ているような凡人には真似の出来ないような人のように思います。 こういったことを踏まえた上で、 「実るほど、頭を垂れる稲穂かな」 という言葉の意味を考えて見ると、単に「謙虚は大切」という事を語っている訳では無いことが分かります。 稲穂は、確かに実った後で頭を垂れていますが、苗の状態から、実を付けるまでは、頭を垂れる事はありません。 上へ上へ向けて、ぐんぐん伸びていくわけです。 であるならば、若いうちから頭を垂れて謙虚になど生きていく必要は無く、むしろ傲慢なくらい頭を上げて生きていった方が、立派な実りを得られるのではないか、と私は思うのです。 ですから、もしあなたが未だ若いのであれば、どうか、謙虚に生きようなどと思わず、傲慢なくらいの生き方をしていって下さい。 もちろん、その生き方によって、とんでもない失敗や、手痛い経験をたくさんすることでしょう。 しかし、その経験が多ければ多いほど、それらは未来の自分の財産になります。 そうやって、年齢を重ねながら貴重な経験をたくさんし,そこからたくさんの学びを得た後で、謙虚になるくらいな気持ちでいましょう。 これが、「実るほど、頭を垂れる稲穂かな」の真の意味だと、私は思うのであります。 成功して謙虚になっている人たちを見ていると、自分自身が意識をしながら謙虚になっているわけではなく、ごく自然にごく当たり前に謙虚な生き方になっているように見えるのです。 以前の私は、これを「その人が謙虚に生きようとしているから」だと思っていたのですが、決してそうではないようなんですよね。 自分自身の実りを実感し、それを受け入れている人は、特別謙虚に生きようとしなくても、自然に謙虚になってしまうんですよね。 逆に言えば、意識をして謙虚に振る舞おうとしているうちは、自分が持っている実りをきちんと受け止められていないような状態であると言えるのかもしれません。 であるならば、謙虚に生きようと努力をするよりも、そのエネルギーを、自分自身が手に入れられている実りを、きちんと受け止めるように心がける事に費やしたほうがいい、と私は思うのです。 そうすると、きっと感謝の気持ちが生まれてくることでしょう。 そして、その感謝の気持ちをしっかり持つ事が出来れば、無理に謙虚に振る舞おうと思わずとも、自然に謙虚になってしまうんでしょうね。 私も、一日でも早く、ごく自然に謙虚になれるよう、今の自分を創ってくれたありとあらゆる人と事に感謝の気持ちをきちんと持って行こうと思います。

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「こうべを垂れる」とは?意味や使い方を解説!

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実るほど頭を垂れる稲穂かな [読み] みのるほどこうべをたれるいなほかな [意味・解説] 実りの多い稲穂は先が重くなるので低く垂れ下がっているが, 人間も本当に偉い人というのは謙虚で腰の低い方が多い. 頭がずば抜けて優れている人や能力の高い人はかえって謙虚である. [ 英語] The more noble, the more humble. 立派な人物ほど慎ましい [ 中国語] 稻穗越飽滿越低頭 [類義語] 米は実が入れば俯く こめはみがはいればうつむく 金持ち喧嘩せず かねもちけんかせず 人間は実が入れば仰向く にんげんはみがはいればあおむく 和光同塵 わこうどうじん [反義語・四字熟語] 厚顔無恥 こうがんむち スポンサードリンク [類語・同義語] 1, 愚か者とは? A headstrong man and a fool may wear the same cap. デンマークのことわざ 頑固者と愚か者は 同じ帽子をかぶる [意味・解釈] 頑固者は許容範囲が狭いのですぐに限界が来て成長する事ができない. 自らの考えに固執する者は周囲の状況を明確に読み取る事が乏しいため, 他人と打ち解ける事が出来ず, よく置いてきぼりを食う. 頑固者は愚かしいに等しい. スポンサードリンク 2, 高位ほど表に現れない Great birth is a very poor dish at table. 英国のことわざ 上流の生まれは 食事は質素である [意味・解釈] 上流階級出身の人は質素な生活を好む. むやみに贅沢ぶりをひけらかしたりしない. むしろ社会的地位の高い人は逆に目立とうとせずに慎ましい生活を送っている. 3, 利口な舌 A quiet tongue shows a wise head. アイルランドのことわざ 寡黙な舌は 賢者の象徴なり [意味・解釈] 頭の賢い人間は余計な事を喋らない. 相手に反感を持たれるような微妙な内容ならば決してそれを口にする事はないだろう. アフガニスタンの格言 ツキのない人間は 自らの失敗から悟る 幸運な人間は 他人の失敗から学ぶ [意味・解釈] 自分自身の経験からしか学ぼうとしない者は得るものが少ない. 自分以外の問題から気づきや教訓を得る者は自ずと早く成功するだろう. 目的意識の高い人間は視野が広い, 相手の立場に立って物事を考えられる人物は成功に必要な多くの事を吸収する事ができるだろう. 5, 若さは未熟さ Youth has a small head. アイルランドのことわざ 若造の頭は ちっちゃい [意味・解釈] 図体は大人であっても, 経験のまだ浅い者は判断力が鈍い. 問題対処能力も乏しいので周囲の噂や雑音に惑わされる. 正しい答えを見つけるのに時間がかかる. それはある部分仕方のない事である. 6, 急がば回れ If you would get ahead , be a bridge. ウェールズの金言 前進するために 橋になりなさい [意味・解釈] 自分が心から叶えたい願望があるならば, まずその願望を相手に提供してあげる事である. そうする事で本来の目的が早く達成するだろう. ただ望んでいれば簡単に何でも叶うと思ったら大間違いである. ただし難しいと思う事でもそれを人に奉仕する姿勢で望んでいる時, 絶好の機会や応援を得たりするだろう. スポンサードリンク [ 反義語・対義語 ] 反対語1, 見かけ倒し Gray hair is a sign of age, not wisdom ギリシャの諺 白髪は加齢の証し 知性にあらず [意味・解釈] 白髪は老齢の証であり, 白髪頭だからと言ってそれは賢者の称号という訳ではない. 年齢を重ねても人に迷惑をかける人間もいる. 正しい判断ができない者もいる. 人は見かけによらないものである. 反対語2, 心配無用 An empty head gets the easiest sleep. ノルウェーのことわざ 無知な者ほど よく眠る [意味・解釈] 無知な人間は余計な心配をすることがないのでよく眠ることができる. 何も考えないと世の中がシンプルに見えて気苦労することもないだろう. 反対語3, 中身がないもの It rings, it is empty. ラテンの諺 鳴るものは 空っぽである [意味・解釈] その物が音を鳴らすならば, それは中が空洞になっているからである. 転じて, 中身がない人間はよくしゃべる. 口が軽い. 自信のない人間はちょっとした事でもすぐに騒ぎ出す. 実力がない者はそれを補うかのように粉飾し, 言い訳をする. スポンサードリンク.

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稲穂かなのことわざにはこんな素晴らしい意味があった?

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「実るほど頭を垂れる稲穂かな」の意味とは? 読み方は「みのるほど こうべをたれる いなほかな」 「実るほど頭を垂れる稲穂かな」は「みのるほど こうべをたれる いなほかな」と読みます。 こうべは「頭」や「首」を意味し、首を垂れて頭を下げるという状態を指します。 また「実るほど頭を垂るる稲穂かな」や「実るほど頭の下がる稲穂かな」など、細かい部分で表現の異なる言い方もあるようです。 意味は「立派な人ほど謙虚な姿勢である」 稲が成長すると実を付け、その重みで実(頭)の部分が垂れ下がってくることから、立派に成長した人間、つまり人格者ほど頭の低い謙虚な姿勢であるという事を意味することわざです。 「頭を垂れる」という言葉自体に「相手に敬意を払って自分を謙る」という意味があるので、稲が立派に成長するに従って、稲穂の部分(稲が実を付けている部分)が垂れ下がってくる様子を、稲と稲穂を成長していく人間に例えています。 「人としてのあり方」を稲穂に見立てている 若い緑色の稲はまっすぐに天に向かってすくすくと成長し、やがて実を付ける稲穂に成長します。 更に稲穂の中の実(お米)が成長してくると、そのしっかりとした実の重みで自然と稲穂の部分が垂れ下がり美しい黄金色になっていきます。 その過程では、強い風雨にさらされたり、冷たい日や暑い日を乗り越えなければ、立派な稲に成長し豊かな実を付けることはできません。 この状態を人間に例えて、若い頃はまっすぐに上だけを向いて立派に成長し、色々な荒波や苦労を乗り越え、立派な人格を形成した人物は、偉くなればなるほど、頭の低い謙虚な姿勢になっていくという意味として表現しています。 一方で、稲穂の中身が立派なお米に育っておらず、実がスカスカのお米だった場合には重みがなく軽い稲穂になってしまいます。 そんな稲穂は、見た目は立派な稲穂に見えますが、穂が垂れるほどの重みがなく、頭が下がってはいません。 稲のこの生態の例えるところは、見た目や肩書きは立派だが、中身が伴っていない人は、虚勢を張って威張るだけの小物であり、人格者とは程遠い人物であるという事を示しています。 「実るほど頭を垂れる稲穂かな」は俳句?作者は誰? 俳句ではなく「ことわざ」として出典されている 「実るほど頭を垂れる稲穂かな」は、季語である「稲」を含み5・7・5で詠まれているので俳句はありがますが、故事成語のことわざとして広く使われています。 「詠み人不詳」の故事成語 広辞苑では詠み人不詳の故事成語としてのことわざとして扱われており、いつの時代に詠まれたのかなどの詳細は今の所不明です。 5・7・5の俳句調に詠まれていることから、俳句が発生した以降に詠まれたという事を推測できるくらいです。 「実るほど頭を垂れる稲穂かな」の類義語 「和光同塵 わこうどうじん 」の意味 仏が仏教の教えを理解できない衆生 民 のために、仏が自身の智徳の光 姿 を隠して人間界に現れ民を救ったことを表し、自分の才能や徳を隠して、世の中に交じって慎み深く、謙虚に暮らすという意味。 「大智如愚 だいちじょぐ 」の意味 優れて賢い人は一見では愚者に見えることということ、本物の賢者は知識を見せびらかさないという意味。 「内清外濁 ないせいがいだく 」の意味 心の中は清らかでありながら外見は汚れたように装い、世俗と上手く付き合っていく処世術を表している。 「金声玉振 きんせいぎょくしん 」の意味 備わっている才知と人徳が釣り合っている人のこと。 孟子が孔子を賛美したとされる言葉。 「実るほど頭を垂れる稲穂かな」の外国語表現 英語では「The boughs that bear most hang lowest. 「The boughs that bear most hang lowest. 」=一番実を付けている枝が一番低く垂れ下がる• 「The more noble, the more humble. 」=高貴な人ほどつつましい• 「Pride will have a fall. 」=高慢は失脚を招く 中国語は「成熟的稻穗低着头」• 「成熟的稻穗低着头」=成熟した稲穂は頭を下げる• 「真人不露相」=才能のある人は軽々しくそれを見せびらかすような事はしない• 「知者不言、言者不知」=知恵のある者は言葉が少なく、言葉の多い者は知恵が少ない 「実るほど頭を垂れる稲穂かな」を座右の銘とする生き方 早稲田大学の姿勢 名門早稲田大学の「三大教旨」は「教育・研究・社会貢献」とのことで、歴史と伝統の中で「実るほど頭を垂れる稲穂かな」を自然と身に付け「志はあくまで高く、頭 ず はあくまで低く」という早稲田人としての生き方を作り出してきたそうです。 そうして身に付けた「実るほど頭を垂れる稲穂かな」という生き方を、社会に出てからも生きる姿勢として社会貢献の場に生かす学生作りを指針としているとのことです。 松下幸之助の信条としても有名 パナソニックを一代で世界的な大企業へと成長させ、経営の神様として世界中で知らない人のいない松下幸之助も、この「実るほど頭を垂れる稲穂かな」を信条として、商売だけでなく人の生きる道として志していました。 多くの人々の心を動かし、世界で通用する企業を作り上げ、常に時代の先と人間を見ていた人格者たる所以なのかもしれません。 まとめ 「実るほど頭を垂れる稲穂かな」の意味や類義語、外国語での表現をみてきました。 人間の成長は、稲が立派な黄金色に育つ過程のように、強風や冷害、その他の困難に打ち勝って行く姿に似ています。 様々な困難に打ち勝ち、心を鍛錬できた人が、「人格者」や「人徳のある人」なのでしょう。 私たちも若い頃から常に成長を目指して努力を惜しまず、たくさんの困難や挫折を経験し、人間としての徳を積んでいき、実るほどに頭を垂れて生きていきたいものです。

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